第1章 身投げじゃなくて
そのまま大学に行く気にもなれず、川沿いの道を上流へ向かうとラミと同じフレバンス高校の校章が入ったスクール鞄を見つけた。
扱いに悩んだ結果、交番に届け、その後マルコ動物病院にも行ってみたが、入れ違いになってしまったのか彼女は待合室にはいなかった。
(追いかければ良かった……)
彼女はカバンを見つけるために交番に行くことを思いつくだろうか? ちらっと見ただけだが、サイフもスマホも入っていたようだし見つけられなければきっと困るだろう。
その後は手がかりもなくなり、仕方なく大学に行ったが、気になりすぎて講義の内容は頭に入ってこなかった。
◇◆◇
「……お兄ちゃん、右手どうしたの?」
帰宅後、リビングのソファで物思いにふけっていたローは妹の声で我に返った。家に帰ったら包帯をどうにか隠さなければと思っていたのだが、すっかり忘れていた。
「……転んだ」
しばし考えたすえ、ろくなごまかしも浮かばずにローは適当にすっとぼけた。
「えー……」
ラミは1ミリも信じていない疑いの声を上げる。
「転んだって、どこで?」
「忘れた。……それより、1年にすごい美人が入らなかったか?」
あんなに可愛くて噂にならない訳がない。しかしラミはローの言葉に「はぁ?」と眉間にシワを寄せた。何かの地雷を踏んだらしい。
母親によく似た怒り顔に、ローは「なんでもない」と言って自室に戻ろうとした。問答無用で戦意喪失になるからその顔はやめて欲しい。
(噂になってないってことは、結局学校には行かなかったのか……)
カバンもないし、猫をずいぶん気にしていたからそれは十分考えられた。
「お兄ちゃん! 結局その右手、どうしたの!?」
「転んだだけだって言ったろ」
殴り合いのケンカと正直に言ったところで面倒なことになるだけなので、あくまでローはすっとぼけた。
「心配してるのに! パパとママに言っちゃうよ!」
それはさらなる面倒さの伏線にしか感じられなかったが、ラミに正直に告白した後の面倒さと天秤にかけた結果、ローは「好きにしろ」と無視して自室に戻った。
(ガキの頃は可愛かったのに……)
最近の妹はまるで小型版母親だ。自室に戻ってローはこっそりため息をついた。