第1章 身投げじゃなくて
転んで川にダイブした彼女は、すっかり諦めてじゃぶじゃぶと水に入り、ダンボール箱を抱えて戻ってきた。スカートもブレザーもすっかりびしょ濡れだった。
「猫……?」
ダンボールの中で弱々しく鳴いていたのは生まれたばかりと思しき虎縞の仔猫だった。
「貸してくれてありがとう」
ローに傘を返して、少女はダンボール箱を抱え直す。それどころではないのに、胸元のリボンが赤色で、一年生なのだと思った。
「この辺に動物病院ある? 引っ越してきたばかりで全然道がわからないの」
ずぬ濡れの自分のことなんて気にしていない様子の彼女に、ローは最寄りの獣医の場所を教えた。ローの家ではペットを飼ったことがないので行ったことはないが、評判は悪くなかったはずだ。
「ありがとう」
笑ってそのまま教えられた獣医に行こうとした少女をローは呼び止めた。
「そのまま行く気か? サイフはどうした?」
言われて初めて、彼女は自分がカバンも持っていないことに気づいたようだった。困ったように周囲を見渡す。
「ええと、上流で流されてるのに気づいて、走ってきたから……」
その途中でカバンは放り出してしまったらしい。呆れてローはカバンからタオルを取り出した。
運動系の部活を見学するかもしれないので念の為持ってきたものだが、まさか川に落ちた少女に使うことになるとは思わなかった。
「一度家に戻って着替えたほうがいい。変質者に追いかけ回されるぞ」
ひどいショックを受けて、栗毛の髪の少女はローを見た。
「都会はやっぱりそういう変な人がいるの?」
少女の言い分にローはあんぐりと口を開けた。どんな田舎に住んでいたのか知らないが、無頓着がすぎる。
「でも……弱ってるし、早く診てもらわなきゃ」
焦って少女は弱った仔猫を見る。自分の髪すら拭こうとしないので、ローは呆れて彼女の頭にタオルを乗せた。
「鳴く元気があるならまだ大丈夫だろ」
「お医者さんなの?」
「見習いだ。人間専門だがな」
ダンボールをローが受け取ると、少女はやっと自分の髪や服を拭いた。猫はローを威嚇してフーと低い唸り声を上げている。昔から、動物と相性は良くなかった。
「ありがとう。今度洗って返すね!」
「おい!」
ローの制止もむなしく、動物病院の方へと少女は走って行ってしまった。