第10章 幸達磨-yukidaruma-
「……じゃあ、遠慮なく、いただきます」
手に持っただけで形が崩れるほど柔らかい大福をひと口齧ると、もちもちの求肥とあんこの上品な甘さで、口の中に幸福感が広がっていった。
そして、私が大福とお茶を平らげる頃、二人の難しい話しも終わり──
何気なく目が合った大名に微笑みかけられた。
「……?」
つられて私も微笑み返すけれど、なぜだか釈然としない感じがした。
(微笑んだ……というより、笑われたような気がする……?)
大名
「明智殿が、このように可愛らしい方がお好みだったとは……意外でした」
「そうか……?」
光秀さんは話に相槌を打ちながら、ゆったりと私を振り返る。
「少々抜けているところもあるが……」
言いながら、光秀さんの手が、徐にこちらに伸びてくる。
(……え……なに!?)
逃げ腰になる私の頬を光秀さんの手が捕まえて、そのまま親指の腹が口の端をかすめ取った。
(……っ)
「そこもまた……愛らしくて、俺は気に入っている」
離れていく光秀さんの指先に白いものがついているのが見え、それがさっき食べた大福の打粉であることに気づく。
そしてその指は、終始真顔のままの光秀さんが当然のようにぺろりと舐め取った。
「っ……!!」
頬に熱が集まっていくのを感じながら、慌てて向かいに座る大名の反応を伺う。
私と目が合うと、大名はぽかんと開いた口をゆっくりと手で覆い、すぐに相好を崩し声を上げ笑い出した。
大名
「これはこれは、噂に違わず仲の睦まじいことで……」
光秀さんが人前で平気で惚気るのも、人目を気にしない戯れも…
何より今までずっと口の端に大福の粉をつけていたことも──
(……なんか……もう……いろいろと恥ずかしいっ!)
恥ずかしさの大渋滞を起こした私は、ただ俯くしかなかった。
大名
「お二人の姿を見ておりますと、何やら私も妻が恋しゅうなってまいりました。……さて、長旅でお疲れでしょう。お部屋をご用意しておりますので、夕餉までそちらでお休みください」