第10章 幸達磨-yukidaruma-
光秀さんが肯定すると、大名はほっとしたように顔を綻ばせた。
大名
「左様でございましたか。……故に、明智殿が見初めたお方がどのようなお方か、是非一度お目にかかりたいと思いまして……無理を言って申し訳ございません」
光秀さんが惜し気もなく口にした言葉のせいで頭がぼおっとして、私に向かって大名が頭を下げていることに気づくのが遅れ、慌ててそれを制する。
「いいえ!こちらこそ…ぁ…」
大名
「……?」
焦って思わず口走ってしまった言葉に、小首を傾げられ咄嗟に口をつぐんだ。
この人が、その『無理』を言ってくれたおかげで、光秀さんと一緒にいられる時間ができたことが嬉しくて、正直お礼を言いたのは私のほうだった。
だけど、そんなことは言えるはずもなく、無理矢理に失言を誤魔化す。
「あっ…えっと…こちらこそ……お会いできて、嬉しいです」
どうにかやり過ごし、ほっと一息ついたところに、女中さんが部屋の中に入ってきて、私の目の前にお茶とお菓子を置く。
大名
「姫様のために京から取り寄せました、菓子でございます」
漆塗りの上品なお皿の真ん中に鎮座する、大きな大福。
その姿はふくよかなお腹のたるみのようで、見た目でわかるその柔らかさと重厚感に、思わず生唾を飲み込んだ。
大名
「我々の話は姫様にとっては少々退屈でございましょうから……その間、姫様には茶菓子をお楽しみいただければと思いまして……どうぞ、お召し上がりください」
その言葉に、私は遠慮するふりをして、愛想笑いを浮かべ、ちょこんと頭を下げてみせた。
(本当は、すぐに齧りつきたいところだけど……)
──明智殿の見初めた姫は食い意地の張った娘だった──
なんて噂話が広まっては困る。
そんな私を横目に見て、光秀さんがクスッと笑う。
「遠慮せず、いただくといい」
大名
「ええ、どうぞ遠慮せずに……大福も、姫様に食べていただきたい、と申しております」
二人にそう言われ、私がお菓子に手を伸ばしやすいようにしてくれた気遣いに、これ以上遠慮するのも逆に失礼になるかと思い、ここは素直にいただくことにした。