第10章 幸達磨-yukidaruma-
「……あの、噂って……?」
大名
「ええ。惚れれば地獄、どんな手練手管も通用しない、難攻不落の男がついに陥落した、と」
「え…」
とにかく悪い噂ではなかったことにひとまず安心しつつ、似たような噂話が、まだ光秀さんと恋仲になる前に安土で広まったことがあったことを思い出す。
(まさか、安土から離れたこの地にその噂話が届いてるなんて……)
わずかに苦い顔をした私を見て、大名が気まずそうに表情を曇らせた。
大名
「もしや、本当にただの噂話でしたか?……でしたら、大変申し訳ないことを──」
「いえ!……あ、あの、それは……噂というか……」
大名
「では、やはり事実ですか?」
「え…?…ええっと…」
あの時は正真正銘、事実無根の噂話だったけれど、今となっては光秀さんと恋仲であることは事実で、返答に困った。
(あの噂話の経緯を説明したら、ますます混乱させることになるし……それに”陥落”だなんて大袈裟だよ……)
複雑な事情の絡んだ誤解をどう解けばよいのか、肯定も否定もできずあたふたしながら、助けを求めようと光秀さんに視線を送ると──
光秀さんは拳を口元に当て、肩を震わせていた。
どうしたのかと覗き込んで見てみると、私の心配とは裏腹な光秀さんの表情に一瞬戸惑った。
(光秀さん……笑ってる……?)
それは声を殺し笑いを堪えていたのだとわかって、私は唖然とした。
(もしかして……!ここに来る途中、噂のことを聞いてもはぐらかしてたのは、こうしてあたふたする私の反応を愉しむためだったんじゃ……!)
光秀さんの思惑を理解して、大名から見えないように光秀さんの袂をクイッと引っ張って咎める。
すると、光秀さんは咳ばらいをひとつして、苦し気に笑みを引っ込めると、わざとらしく胸を張って真面目な顔で大名に向き直る。
「ああ、その噂は事実だ。……〇〇は、俺が初めて惚れた女だ」