第10章 幸達磨-yukidaruma-
道中、緩やかな足取りで駆けていく馬に揺られながら、気を抜くと緩みそうになる顔を引き締めていたのが、私が緊張しているように見えたのか、光秀さんが気遣うように言葉をかけてくれた。
「視察と言っても、相手は気心知れた仲だ。気を張ることはない。お前は旅行気分でいればいい」
「ありがとうございます。だけど、光秀さにとっては大事なお仕事ですから、そういうわけには……」
これから向かう、新たに織田軍に入ったという大名は、まだ光秀さんが信長様に仕える前に親交があった人らしく、お互いよく知る仲だという。
そして今回のことは、光秀さんの長年に渡る交渉が実った結果で、力で従わせるのではなく、話し合いで合意できたことが、光秀さんも嬉しそうだった。
「……でも、どうして私も一緒に?」
「相手方たっての申し出でな……”噂の姫”に是非とも会いたいそうだ」
(噂……?)
「……噂って、なんですか?」
「さあ」
「悪い噂、じゃないですよね……?」
「さてな」
「……なんですか、その意味ありげな言い方」
確実に何か知っている様子の光秀さんだったけれど、何を聞いても返ってくるのは気のない返事ばかりで、のらりくらりとはぐらかされてしまう。
──そして結局、その噂が何なのかわからないまま、目的地へと着いてしまった。
そこは、大きな川の向こう岸に小規模の集落があり、長い橋を渡り村へと入る。
一緒に来た数人の家臣は、すぐに田畑の測量に向かい、私と光秀さんは大名の屋敷を尋ねた。
広間に通されると、私は腰を下ろした光秀さんの斜め後ろに座る。
間もなくしてやってきたひとりの男性と、光秀さんが親し気に挨拶を交わす。
さっき聞いた通り、二人は気心知れた仲だということがその様子からよくわかった。
そして、光秀さんといくつか言葉を交わした後、大名が私に向かってにっこりと微笑みかける。
大名
「こちらが、お噂の……」
(やっぱり……噂って、何なんだろう……ちょっと聞くのが怖いけど、わからないままなのも怖い)
私は薄氷を踏む思いで、その噂の真相を訊ねてみた。