第10章 幸達磨-yukidaruma-
(今夜もまたひとり、か……)
独り寝の夜の寂しさを思い出して憂鬱になるけれど、私なんかよりいろんなものを犠牲にしている光秀さんに、寂しいだなんて甘えるわけにはいかない。
こぼれかかった溜め息を飲み込んで、笑顔でいってらっしゃいを言うために、私はもう一度光秀さんを正面から見つめた。
「……じゃあ、気をつけて、いって──」
「だから、そのつもりで支度をするように」
光秀さんは腰を上げながらそう言うと、私に背を向け、襖を開ける。
「支度が出来たら厩の前で待っていろ。俺は九兵衛と二三話をしてから行く」
去り際にそれだけ言うと、光秀さんは私の返事を待たず、部屋から出て行った。
「…………」
一人になり、しんと静まり返った部屋。
『いってらっしゃい』の『い』が口角を上げてくれたおかげで、私は満点の笑顔のまま思考停止で固まっていた。
「………ん?」
まだ半分寝ぼけたような頭では状況が理解できず、すぐには頭も身体も動かなかった。
ただ、何か嬉しいことを言われた気がして、私はもう一度光秀さんとの会話を思い出し、頭の中で反芻する。
そして、事の顛末を理解した瞬間──
ショボついていた私の半開きの瞼が カッ と見開く。
「えぇっ!?」
驚きと嬉しさの反動で飛び起き、手櫛で髪を梳かしながら、寝間着を脱ぎ捨てる。
「ちょ、ちょっと、急すぎませんか!?そういうことはもう少し早くっ──」
とっくに去っていった光秀さんに、届くはずのない抗議の声を上げながら、私は慌てて支度を始めた。