第10章 幸達磨-yukidaruma-
そんな日々が続いた、ある日の夜明け頃──
くすくすと誰かの笑う声に、重たい瞼を持ち上げる。
ぼやける視界に映った、朝日に照らされる柔らかな笑顔が、寝ぼけ眼の目に染みた。
(……光秀さん……?)
枕元に座った光秀さんが、胡座の上で頬杖をつき、こちらを見下ろしている。
「おはよう、寝坊助」
からかいを含んだ優しい声に、どこかくすぐったい心地がしながら、大きなあくびを布団で隠し、ぐうっと伸びをしてみるものの、ぬくぬくの布団の中では、またすぐに意識が遠のきそうになる。
そんなふうになかなか起きられないでいる私を見て、枕元の光秀さんが愉快そうに喉を鳴らして笑う。
珍しく愉しげに笑うその姿が気になって、明るさに目が慣れてきたところで、もう一度光秀さんに視線を向けると、しゃんと整えられたその身なりから、ここへは休むために帰ってきたわけではないことを知る。
どんなに忙しくても、時間の合間を縫って、光秀さんはこうして私に逢いに帰って来てくれる。
だから…
(ちゃんとおかえりなさいって、言わなくちゃ……)
これ以上怠けているわけにはいかないと、私は意を決し眠気と寒さを振り払い、身体を起こす。
そして、光秀さんと向き合うように座り、笑みを浮かべた。
「おかえりなさい。……これから……お仕事ですか?」
「ああ。長きに渡った話し合いの末、ようやく織田傘下へ引き入れることができた大名の領地の視察にな」
予想通りの答えに、それほど落ち込むことはなかったけれど、私の心はむくれていく。
だからつい、可愛くない言葉を吐いてしまう。
「相変わらず、忙しいんですね……」
「なに、一時(いっとき)に比べれば、大したことはない」
「その領地っていうのは……遠いんですか?」
「そうだな。今から出発しても現地に着くのは昼過ぎ。用向きを済ませ、帰る頃には日が暮れる。今宵はあちらに一泊することになる」
「……泊り、ですか……」
続く悪い報せに、私の心は増々いじけていく。