第9章 婀娜な紅葉に移り香を~ノーマルート(共通)
「あんたって、ほんと呑気だね」
「…へ?」
「それ、本来の防虫香とは香料が違う。あんたが持ってるのは光秀さんがいつも使ってる香でしょ?」
「う、うん……?」
いまいち言葉を呑み込めず首を傾げる私に、家康は呆れたように溜め息を吐いて視線を逸らす。
「だから。光秀さんが虫から守りたいのは、着物じゃなくてあんたでしょ…」
「……私?」
「おそらく光秀さんが警戒してるのは政宗さんか…信長様あたりじゃない」
「どうして光秀さんが政宗や信長様を……?」
「知らないけど。そういうのって……独占欲って言うんじゃないの」
家康のその言葉に、私は密かに鼓動を跳ねさせた。
(虫除けって、まさか……!)
頭の中で、ここまで家康が教えてくれたことと、信長様の部屋に呼ばれた時の出来事を辿っていくと、じわじわと頬が熱を持ち始める。
暗中飛躍を得意とする光秀さんらしい遣り口に、思わず感嘆のため息が零れた。
家康のお陰で頭の中のモヤモヤはすっきりと晴れたけれど…
(これじゃ余計に仕事が手につかなくなっちゃうよ……)
きっと、そんな私を光秀さんはからかって意地悪に笑うのだろう。
(これじゃあ、また光秀さんの思う壺だ……)
そう思うのに、今は一秒でも早くその意地悪な笑顔に逢いと思ってしまっているから悔しい。
「あーあ。甘ったるくて胸焼けしそう…」
惚気に当てられたとばかりに皮肉を吐いて去っていく家康にも気付かず、私は廊下のど真ん中で立ち尽くしたまま、両手で火照る頬を押さえながら、愛される悦びに浸っていた──
おわり。
本当は2020.10.4にあげたかった無念の2020.10.17