第9章 婀娜な紅葉に移り香を~ノーマルート(共通)
(昨日は臨時のお休みをもらったから、今日は昨日の分も仕事を頑張らないと…)
意気込んでみるものの、頭の中のモヤモヤが晴れないままでは仕事に集中できそうにない。
どうにか気持ちを切り替えようとしながら安土城の廊下を歩いていると、視界の端に一瞬黄色いものが映った。
(あ……)
廊下の角を曲がっていったそれを追いかけ、見つけたその背中に私はハツラツと声をかけた。
「──家康!」
(薬に詳しい家康だったらお香のことも知ってるかもしれない!)
「……〇〇?……朝からそんな大きい声で出さないでよ…」
「ごめん……ちょっと教えてほしいことがあるんだけど、いいかな…」
「いいけど、なに」
「えびこうって知ってる?」
「えびこう…………ああ、防虫香のこと」
「ぼうちゅうこう?」
「着物とか書物を保管する時、虫食いから守るために一緒に入れる香り袋」
「……えっ、防虫剤のこと!?」
予想だにしていなかった答えに、慌てて懐から小袋を取り出す。
「なんでそんなもん持ち歩いてるの…」
「光秀さんがお守りにって、私にくれたの……でも、普段着てる着物に防虫剤なんて、どうして……」
疑問に思いながらも、念のため虫食いの痕がないか袖を広げたりして着物を確認していると、突然バシッと家康に腕を強く掴まれた。
「っ!…な、なに!?」
家康は掴んだ私の腕を引き寄せて手の中の小袋に鼻を近づけると、何かを思案するように目を細め、ふんっと鼻を鳴らした。
「お守り、ね……」
そう言った後、家康はまじまじと私の顔を見つめてくるから、つい私もまじまじと見つめ返してしまう。
無言のまま穴が開くほど見つめられ、この状況をどうしていいか分からず固まっていると、抑揚のない声で家康が ボソッ と呟いた。