第7章 婀娜な紅葉に移り香を
誕生日当日──
思ったよりも帰りが遅くなってしまい、足早に信長様への報告を終え、〇〇の元へ戻れたのは日が高く登りきった頃だった。
俺たちは九兵衛に見送られ、今日のために取っていた宿へと向かった──
「わぁ……すごい!」
窓から見える景色に、〇〇が目を輝かせる。
眼下に広がる渓谷を紅や黄の木々たちが彩り、その中を川が流れていく。
〇〇が好みそうな景色だと選んだ場所だった。
(俺は景色などに興味はないが……〇〇が喜ぶなら、それがいい…)
人里離れた山中にあるこの温泉宿は、振りの客は受け入れない。
そのことから、俺にとっても人目を忍べるとあって、時々世話になることがある馴染みの宿だった。
特に、離れにあるこの部屋を宿の主人が開けるのは、馴染客の中でも選ばれたものにだけ。
誰にも邪魔をされずに、〇〇と過ごす誕生日にはこれ以上ない誂え向きの場所だ。
「あまり身を乗り出すと落ちるぞ…」
張り出した窓の欄干に手をつき、身を乗り出して景色を眺める〇〇に、忠告のふりをして背後から腰を抱き寄せる。
そのまま腕の中に抱き締めた愛しい番(つがい)からは、自分と同じ香りがした。
「〇〇…」
耳元で名を呼んだだけ、ただそれだけで吐息を震わせる幼気(いたいけ)な娘に、身体の奥で燻っている熱を煽られる。
思考を支配され、戯れに熱を与えられては、既(すんで)の所で引いていく。
その〇〇への仕込みの作業は、図らずとも自らにも施されていたわけで…
熟れきって、今にも果汁を滴(したた)らせんばかりのそれはもう…
景色をゆっくり愛でる暇すら与えてやれないほどだった。