第7章 婀娜な紅葉に移り香を
光秀が安土を発ってから数日経ったある日の夜──
仕事を終えた 〇〇は、信長に呼ばれ安土城の天主を訪れていた。
「──失礼します」
「……ん、入れ」
信長は脇息にもたれ、盃を煽らながら 〇〇を迎え入れた。
「何か御用でしょうか」
「久しぶりに相手をしろ…」
徳利を揺らして、信長は 〇〇に酌をするよう催促する。
無下に断ることもできない 〇〇は、徳利を手に取り、ずいと差し出された盃に酒を注いだ。
それを信長は一息に飲み干し、ゴクリと喉を鳴らす。
「光秀は……暫く留守にしているらしいな」
「はい…っ!」
盃を放った信長の手が 〇〇の腰を引き寄せる。
「暫く見ぬ間に、随分と婀娜(あだ)な女になったものだな…」
「ちょっ、信長様!離してくださいっ」
「……ん?」
抵抗するように身じろいだ 〇〇からふわりと香る微香に、信長は眉をひそめた。
小さく鼻をすするようにしながらその香りの根源を探して、 〇〇の胸元に顔を寄せる。
「妙な香りがするな」
〇〇から漂う冴え冴えとした香りが鼻孔をついて、腹の底の読めない妖しげな微笑が信長の脳裏に浮かぶ。
「あ、たぶん、これだと思います」
そう言って 〇〇は懐から小袋を取り出した。
「光秀さんにいただいたんです。えびこうっていうお守りだそうです」
「……えびこう……お守り…?」
ちぐはぐなふたつの言葉に、信長は暫し思案する素振りを見せるが、すぐにその真意を理解した。
「……なるほど。あやつめ、小賢しいことをしおって」
言葉とは裏腹に、信長は片頬に笑みを湛える。
「もういい、下がれ」
〇〇を解放した信長は、再び脇息にもたれ盃を手にした。
「……なんですか、急にひとのこと呼びつけておいて」
怪訝な顔を向ける 〇〇には構わず、信長は手酌で盃に並々と酒を注ぎ、それを一気に呷(あお)ると、酒息を吐きながら不敵な笑みを浮かべる。
「斯様(かよう)につまらんことで寝首を掻かれては堪らん……」
しっしと手で払われて、さっぱりわけが分からぬまま 〇〇は信長の部屋を後にした。