第7章 婀娜な紅葉に移り香を
その日の夜──
湯浴みに行った〇〇を部屋で待つ間、縁側の柱にもたれ夜空の月を仰ぎながら、少し前の出来事を思い出していた。
ひと月前のある日のこと──
御殿の廊下で九兵衛と〇〇の姿を見つけた。
こちらに背を向けていた〇〇は俺には気付かず、対面するように立っていた九兵衛がちらりと視線を寄越す。
それを合図と取り、気配を消しながら近づくと、九兵衛と俺で〇〇を挟むようにして立ち、その愛らしい声に耳を傾けた。
「──お誕生日じゃないですか。それで、最近光秀さんが欲しがっているものとか、何かないか教えて欲しいなって思って…」
「……だ、そうです」
九兵衛の声が自分の頭上を通り越していったことに、〇〇がはっとして振り向く。
「っ!…光秀さん!」
「では、私はこれで…」
速やかに踵を返して去っていく九兵衛を見送って、気まずそうに項垂れる〇〇を覗き込む。
「九兵衛に聞かずとも、俺に直接聞けばいいだろう?」
「……だって……光秀さん、聞いても教えてくれないじゃないですか」
確かに、今までも俺の誕生日が近づく度、〇〇に何か欲しいものはないかと幾度も問われたが、その度に体よくはぐらかしてきた。
誕生日など俺にとっては取るに足らないことなのだが、〇〇にとってそれはとても意義深いものらしい。
(愛しいものが大切にしていることは、連れ合いとしても大切にしてやりたいのだが……)
元来、物欲のない俺には欲しいものと言われても、その欲しいものが何なのかすらわからない。
〇〇から貰うものなら、そこらに転がっている石ですら俺にとっては宝物となる。
正直なところ、誕生日は共に過ごす時間さえあればそれで充分なのだが、それでは〇〇の気が済まないのだろう。
そうやって悄気(しょげ)る〇〇が可愛くて、その頬にそっと手を伸ばした。
膨れた頬を手の平で包み、指の腹で撫でて視線を誘うと、拗ねた瞳が見上げてくる。
「光秀さんが教えてくれないから…」
「そうでもないぞ」
「……え?」
「今年はその、誕生日ぷれぜんと、とやらを強請(ねだ)ってもいいか?」