第1章 君が教えてくれたこと
もやもやとしたまま、お茶屋さんを後にして、再び馬を走らせていく。
──暫く走ったところで、遠くに薄紅色の影を見つけ、私は馬の速度を緩めた。
「……もしかして、あれ…」
「ん?」
止まった私の馬に並んで、光秀さんの馬も足を止める。
「桜じゃないですか?」
「ああ、そのようだな」
「せっかくだから、お花見していきませんか?……行きましょう!」
少しでも何かキッカケになればと、私は光秀さんの返事を待たず、馬を走らせた。
──小さな川が流れる堤防沿いに、数本の桜の木が花を咲かせていた。
馬を降り、桜の花を下から見上げる。
「わぁ…満開ですね」
「満開だな」
相変わらずの反応の光秀さん。
(やっぱり、難しいか……)
そう思い、俯きかけたその時…
「まだむくれているのか?」
私の沈んだ気持ちを遮るように、光秀さんのからかうような声が降ってきた。
はっとして見上げると、光秀さんがにやりと口角を上げる。
「いいことを教えてやろう」
「…いいこと?」
「朝からその小さなおつむを、あれこれと悩ませているようだが…。
お前には、もうとっくに大事なことを教えてもらっている」
「…?」
全く心当たりがなく、私は首を傾げた。
すると、光秀さんは真剣な眼差しで私を見つめ、それから ふっ と表情を和らげる。
「お前には、”幸せ”をもう一度教えてもらった。愛する者がいるということ、その愛する者に愛されるということ、それが幸せなのだと。お前に出逢わなければ、それに俺が再び触れることは一生なかっただろう。
この日ノ本…いや、時を超えて探しても、”幸せ”を俺にもう一度教えることができたのは、〇〇、お前しかいない」
微かに滲む視界の中で、薄紅色と青空のコントラストを背景に、切れ長の目を細め、長い睫毛が影を作り、光秀さんが幸せそうに微笑む。
意地悪でもない、からかうでもない、光秀さんがたまに見せる、優しい笑顔。
(きっと、私しか知らない、光秀さんの顔……)
光秀さんに"幸せ"を教えてあげた、なんて、そんな大それたことをした自覚はないけれど…
それを、お前が教えてくれたと言って、光秀さんがこんなに幸せそうに笑うのなら──