第1章 君が教えてくれたこと
(……危なかった)
くつくつと隣で笑う光秀さんから顔を背けた先で、小さな白い花が目に留まった。
種が風で飛ばされてきたのか、鳥の落とし物か、一輪だけそこに佇んでいる。
「…あ。光秀さん、あんなところに花が咲いてますよ。可愛いですね」
「……花が可愛いというのは、どういうことだ」
「どういうこと…とは?」
「赤くなったり、膨れたり、泣きべそをかいたり、お前のような百面相を可愛いというんだ。花はお前のように百面相はしないだろう」
「そうですけど…光秀さんは、花が咲いて綺麗だなぁ、とか。花を見てほっこりしたりすること、ないですか?」
「ついぞ、ないな。季節に応じ花は咲き、それは子孫を残すため鮮やかに色づく。すべて自然の理に過ぎない。自然にあるものに情緒を感じたことはない」
「……そんなの、人生損してますよ?」
「花が咲くことで俺にどう得がある?」
「それは……例えば、春は桜が咲いたら、みんなでお花見したり……そうだ、安土城のみんなとお花見とかしないんですか?」
「ああ、毎年、秀吉が盛大に花見の宴を開いているようだが……俺は参加したことはないな」
「どうしてですか?」
「仕事で出ている。花見やら宴やらで皆、呆けている時期だ。そこに酒も入れば口も軽くなる。秘密を聞き出すには、この上ないお誂え向きの季節だからな。
……ああ、そう考えると、桜が咲くことも俺にとって得となる、か…」
そう淡々と語る光秀さんの言葉を聞いて ちくり と胸が痛んだ。
(私にとっては、気持ちを晴れやかにしてくれる桜が、光秀さんにとっては愉しむものですらないなんて……)
光秀さんの生き様を、改めて思い知らされる。
光秀さんの言う”自然の理”を愛でることの楽しみなら、私にも教えてあげられることかもしれない。
けれど、人の感性を変えることは簡単にできることではない。
(どうすれば、教えてあげられるかな……)
せっかく光秀さんが気晴らしにと連れ出してくれたのに、私はますます頭をもたげていくばかりだった。