第6章 想ひ想はれ常しへに、夏。
「呼んだか?」
賑わう町の喧騒の中でもはっきりと耳に届いたその声に、とくんと胸が甘く鳴る。
同じ柄の衣装がひしめき合う人混みの中、逸る胸を抑えその姿を探し彷徨う視線の先──
ひと際背の高い姿を捉えた。
編み笠を被っていて顔は見えなかったけれど、恋焦がれた心がそのひとだと教える。
吸い寄せられるように傍へ寄ると、被っていた編み笠が徐に外され、優しい微笑が現れた。
「──おかえりなさい!光秀さん…」
「ただいま。……遅くなって悪かったな」
「いえ。九兵衛さんが一緒にいてくれたので…」
そう言いながら、隣にいる九兵衛さんへ視線を向けると…
「……あれ?……九兵衛さん?」
今の今まで隣にいたはずの九兵衛さんは、いつの間にか姿を消していた。
元々、九兵衛さんとは光秀さんが帰ってくるまで、の約束だったけれど…
ここまで付き合ってくれたお礼を言いそびれてしまったことが気がかりだった。
私が知らなかった光秀さんの話を教えてくれたことにもお礼を言いたくて、まだ近くにいるかもしれないその姿を探して、辺りを見回すけれど…
(もしかして……)
すぐに、これは九兵衛さんの気遣いだと気付いて、探すのをやめた。
お礼は後ですることに決め、光秀さんの方へ向き直ると、私が諦めるのを待ち構えていたかのように、光秀さんが意地悪そうに目を細める。
「なんだ、俺より九兵衛が恋しいか?」
「っ、もう……意地悪言わないでください…」
そう言いながら、意地悪なその瞳から逃げるように視線を伏せると、そこに大きな手が差し出された。
淡い期待を胸にゆっくり視線を上げると、さきっきまでの意地悪な笑顔は跡形もなく消え去っていて、その代わりに私へと向けられる笑顔に期待が膨らんでいく。
それは、優しさの中に甘さを孕んだ、光秀さんが私を甘やかす時の顔だったから…
「ほら、〇〇…」
「っ…」
私を誘うその手に、さっき見た光景を思い出して、静かに鼓動が速まっていく。