第4章 愛しけりゃこそ強とと打て
途端に、ぽつりと頬に冷たいものが触れた。
見上げると、曇天から次々と水滴が落ちてくる。
「…うそ、雨?」
突然降り出した雨に、私たちは慌ててご飯屋さんの軒先に駆け戻った。
「さっきまであんなに良いお天気だったのに…」
雨は強くもなく弱くもない具合に、一定の速度で落ちてくる。
「暫く止みそうにないな…」
空を仰ぎながら光秀さんがそう呟いたところに、後ろから控えめな声が掛かる。
「あの…宜しければお使いください」
そう言って、ご飯屋さんのご主人が傘を差し出す。
「一本しかご用意できなくて申し訳ないのですが…」
「いや、構わない。助かる」
傘を受け取り、ご主人の心遣いにお礼を言って、ひとつの傘の下ふたり並んで雨の道を歩いていく。
この雨では、きっと市を彩る露店も引き上げてしまっていることだろう。
私たちは予定を変更して、このまま光秀さんの御殿へと戻ることにした。
─*─*─*─*─*─*─*─
御殿に戻った私たちは、持て余した時間をそれぞれに過ごすことにした。
光秀さんは山積みの書簡に目を通し、その隣で私は縫物をする。
ふたりのしじまに、しとしとと降り続ける雨音。
時々目が合うと、優しく微笑んでくれる光秀さん。
その微笑みには、さっきまでの不穏な空気は感じられなかった。
(光秀さん、もう怒ってない…?)
光秀さんから漂っていたピリついた空気も、今はあまり感じない気がする。
(さっきのは勘違い、だったのかな…)
だけど、昼間の出来事に光秀さんが未だ一切触れてこないのがどうしても気になる。
誤解しているままなのは確かだ。
(それに光秀さん、私が何か言おうとすると態と言葉を遮るようにしている気がする…)
あらゆる憶測が頭の中を飛び交って、それを解決する術も見つけられないまま、虚しく日が暮れていく頃──
雨が止んだ。