第3章 狐の恩返し~狐目線~
───朱く染まる景色の中を、いつもよりも歩を緩めて御殿に続く道を行く。
己の義を貫くため…
泰平の世を築くため…
どんな悪行も厭わず、自ら闇に身を投じ、この世の醜いものを数多見てきた。
そんな荒んだ日々のなかに、ある日突然転がり込んできた〇〇。
その眩いほどの光で、真っ直ぐなその眼で、純真なその心で、忘れかけていたこの世の美しいものを、〇〇はもう一度、俺に見せてくれた。
捨てた筈のものを、もう一度見せてくれた。
(それを俺は本当に心から感謝しているんだ……)
今まで〇〇には、嘘偽りを幾度となく吐いてきた。
鉄砲の成果の褒美などと、いくらでも偽の理由をつけてやることはできるが…
この贈物は、〇〇への嘘偽りのない、感謝の気持ちを込めたものだ。
そこには、どんな嘘も塗りたくはなかった。
恩義などという、俺の身勝手な想いなど、お前が知る必要はない。
だから、〇〇にとってこの贈物は、理由のない贈物でいい。
贈物に込めた真の理由は、俺だけが知っていればいい。
欲しがっていた小箱を手にしたことを、ただお前が喜べば…
それでいい。
誰に言うわけでもない言い訳をしていると、微かに地を蹴る音が聞こえてくる。
どうやら、問題は解けたらしい。
(……流石、俺の教え子だ)
静かに笑みを浮かべるのと同時に、焦った声が名を呼ぶ。
「……っ、光秀さんっ!」
嘘のない笑みを、いつもの腹の底の読めない笑顔に貼り替え、振り返る。
「どうした、何かに追われているのか?」
〇〇は、俺の軽口に反論することもせず、手にした小箱をこちらに掲げてみせる。
「はぁ、はぁ…これ……光秀さん、ですよね?」
「……はて、何のことやら」
「どうしてっ……直接渡してくれれば……」
「さっきから何をわけのわからないことを言っている」
「わかってるんですから……光秀さんだって」
「何を根拠に?」