第3章 狐の恩返し~狐目線~
反論は受け付けないことにして、先に店を後にする。
ふと、次の策を思いつき、振り返ると、眉間に皺を寄せた〇〇と目が合う。
すると直後に、びくっと身体を跳ねさせ後退る。
あまりに明け透けに感情を表す〇〇に、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
「……そうだ。〇〇、明日の指南は休みにする」
「…え」
「少々、野暮用があってな…」
「……わかり、ました……」
────────
休みを与えれば、〇〇は着物を仕上げてしまうだろうと踏んで、今日は敢えて指南を休みにした。
当然、野暮用などあるわけもなく、御殿で火急ではない書簡の整理をする。
──昼過ぎ
頃合いを見計らって、御殿を出る。
安土城の門が見えるところまで来ると、狙い通り〇〇が風呂敷を抱え出ていくのが見えた。
暫く城壁に身を潜め、〇〇の後ろ姿が見えなくなった頃、後を追うように城下へと向かう。
目的地はあの店。
──すると、店の前に客が一人。
店主があの小箱を手にして、困り果てている様子だった。
(まずいな…)
すぐに、通りかかった油売りに目配せをして、路地裏へ引き連れる。
これも城下に忍ぶ間諜のうちの一人で、中でも信のおける者だ。
俺の右腕が九兵衛なら、これは左腕といっても過言ではない。
余計な詮索はせず、指示されたことのみを確実に遂行する、優れた家臣だ。
(まさか、陰謀も駆け引きのひとつもない贈物の手助けをさせられているとは夢にも思ってはいまい…)
これも何かの暗中策のひとつだと信じて疑わないことだろう。
店の場所を示し、用意していた銭貨に、懐の分も上乗せして渡す。
「店主が首を縦に振るまで出してやれ…」
それだけ言うと、油売りは小さく頷いて、表通りへと出ていく。