第1章 君が教えてくれたこと
「……〇〇」
「……」
「〇〇」
「…あたっ!」
額を指で ぴん と弾かれて我に返る。
文机越しに間近に迫った光秀さんの整った顔に、思わず息を呑んだ。
「俺の講義を上の空で受けるとは、見上げた度胸だ」
「……すみません」
額をさすりながら謝る私に、光秀さんは溜め息交じりに問いかける。
「何か気に病むことでもあるのか」
「……」
「俺に言えないようなことか?」
意地悪な色香を含んだ瞳に射抜かれ、この後に起こる事態が容易に想像できて、私は慌てて口を開いた。
「光秀さんには、今までたくさんのことを教えてもらってきたじゃないですか…」
この時代に突然タイムスリップしてしまって、右も左も分からない私に、光秀さんはたくさんのことを教えてくれた。
基本の歴史から、戦場での心得に、鉄砲の扱い方、護身術、馬の乗り方まで。
お陰で、この乱世を今日まで無事、生きて来られた。
「……なのに私には光秀さんに教えてあげられるようなことって、ひとつもないなって思ったら、なんだか…自分が惨めに思えてきちゃって……。
光秀さんは博識だし、何でも出来ちゃうし…」
光秀さんと恋仲になってから、ずっと心に巣食っていたその悩みが、講義の邪魔をしていた。
想いを吐き出し、口を尖らせる私を見て、光秀さんが ふっ と吹き出す。
「そんなことか」
「そんなことじゃないです!」
事ある毎に散々私の頭を悩ませてきたことを軽くあしらわれて、ついムキになってしまう。
そんな私を見て、光秀さんは嘲笑を収めると、切れ長の瞳を細め優しい笑みを浮かべた。
「お前は俺の隣で笑っていれば、それでいい」
「……それって、私は何もしてないじゃないですか…。
光秀さんの傍にいる限り、こう…対等でいたいっていうか……」
(光秀さんは、何でも知ってるし、何でも器用に出来ちゃうし
人の心まで読めちゃうくらいだし……)
いくら考えても、私が光秀さんに教えてあげられるようなことなんて、ひとつも見当たらない。
(だけど、与えてもらうばかりじゃ……)