第3章 狐の恩返し~狐目線~
からかって、苛めて、その愛らしい表情を傍で愛で、ほんの一時、憩えれば…
初めはそれでよかった。
だが、人というものは一つ満たされると、また一つ、
欲が生まれる生き物で…
束の間の憩う場所をくれた〇〇へ、心ばかりの恩返しとして、
(何か喜ぶようなことをしてやりたい……)
己の中に僅かに残っていた人の心が、そんな想いを芽生えさせていた。
「っ……!光秀さん、見てください!ど真ん中!」
「ああ。見事だ」
自ら放った鉄砲の弾が的の中心を射抜き、〇〇が声を上げて喜ぶ。
初めは間者と疑ったが、それはこの娘と数日過ごせば呆気なく晴らされ、
次は、予想だにしない言動が面白くて、からかって苛めるも一興と、監視という名目で指南役を申し出たが…
今、そんな名目は既に意味を成していない。
確かに此処に燻る想いは、〇〇と同じ時を過ごすにつれ、熱を上げている自覚はあるが…
それは決して〇〇が知ることはない。
地獄まで持っていく想いだ。
〇〇にとって俺は、善人か悪人かわからない、腹の底の読めない意地悪な指南役でいい。
(俺とお前の間に、余計な情など要らない……)
「だいぶ上達したな。えらい、えらい」
「光秀さんのおかげです。ありがとうございます!」
出逢ったばかりの頃は、吹けば飛ぶように頼りなく、鉄砲に触ることすら怯えていたほどだというのに。
(……随分と逞しくなったものだ)
どこから来たのか、何のためにここに居るのか、聞くつもりはない。
出自や身分など、生きていく上で其ほど肝心なことではない。
ただ、さぞ恵まれた生い立ちなのだろう。
危機感の無さや、純真過ぎるところは、少々改めるべきだと思うが、
この娘なりに置かれた状況に適応しようと努力するその健気さが、俺に精気をくれる。