第2章 狐の恩返し
覚えのある香りの記憶を辿っていると、男の子が何か言いたげにモゾモゾし始める。
「…ん?」
「そろそろかえらないと、おかかさまにしかられます」
気付くと、空は茜色に染まり始めていた。
「そうだね。……おうちはどこ?ひとりで帰れる?」
聞くと、その子は織田家家臣のご子息らしく、家はお城の門を出たすぐそばだから一人で大丈夫と、私に一礼して去っていった。
「…あっ、これ、ありがとう。気を付けてね……」
男の子の後ろ姿に手を振って見送りながら、私は小さく息を零す。
こちらに背を向けた男の子の帯に差されていた見覚えのある風車──
同時に、降って湧いた自分の気持ちに戸惑う。
「……そんなわけない」
思わず零れた否定の言葉とは裏腹に、私の足は、一歩、二歩、と動き出す。
三歩、四歩、と進む歩みは、徐々に速度を上げていき──
ついに、私は駆け出した。
光秀さんがこれを私にくれる理由も、こんな遠回しなことをする理由も、さっぱり分からないし、昨日だって意地悪言われたし…
(光秀さんなんて、嫌い…)
なのに──
嬉しかった。
諦めかけたものが手に入ったからじゃない。
これが光秀さんからの贈り物だと気付いた時…
(そんなわけない…)
意図しない想いを振り払いながらも、駆ける足は止まらなかった。
橙色に染まる景色の中を、息を切らしながら走る。
そして、目指す御殿へと続く道の角を曲がって直ぐ、前方に目的の後ろ姿を捉えた。
「……っ、光秀さんっ!」