第2章 狐の恩返し
憎たらしい背中に向かって、そう心の中で叫んだのと同時に、光秀さんが ぴたり と足を止め、こちらを振り向く。
(…!)
まさか心の声が聞こえたのかと、思わず後ずさる。
「……そうだ。〇〇、明日の指南は休みにする」
「…え」
「少々、野暮用があってな…」
「……わかり、ました……」
仏頂面で返事をしながら、ふと視線を感じ振り向くと、お店のご主人が満面の笑みで私を見ていた。
「……へえ、お嬢ちゃん、見かけによらず、遣り手だねぇ」
「はい…?」
「あんな男でも惚れちまいそうな色男、どうやって口説いたんだい?」
「ちっ、違います!あの人とは、そういうんじゃないですから!」
否定しても、ご主人はそうかそうかと笑うだけで、私は遠退いていく意地悪な背中を睨むことしかできなかった。
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臨時のお休みが入ったおかげで、今日は朝から仕上げに取り掛かることができて、予定より早く着物が仕上がった。
(今から届けに行けば、夕方までには帰ってこれそう…)
早速、出来上がった着物を風呂敷に包み、今まで貯めたお小遣いを入れた巾着袋も忘れずに持って、私はお届け先へと向かった。
──約束の日数よりも早くお届けすることができたので、依頼主の方にも喜んでもらえて、私は上機嫌で重みを増した巾着を抱え、いつものお店へ。
「こんにちは!」
挨拶をすると、いつもは明るく迎えてくれるのに、今日はなぜか私を見て、ばつが悪そうな顔をするお店のご主人。
「……なにか、ありました?」
「……あれ、ついさっき、売れちゃったんだよ」
見ると、いつも定位置にあった小箱が、ない。
「……うそ」
「本当はお嬢ちゃんに買ってほしかったんだけど………悪いねぇ、うちも商売だからさ…」
ご主人は、買い手がついてるから、と売るのを拒んでくれたらしいけど、定価の倍の代金を出すと言われ、背に腹は変えられなかったらしい。
(仕方ない…子どもが六人もいたら、お金はいくらあっても足りないもんね……)
そう自分に言い聞かせるものの、あちこち探しまわりようやく見つけた品だっただけに、喪失感は尋常じゃなかった。