第2章 狐の恩返し
「お嬢ちゃんが買ってくれるなら、少しまけてあげるよ」
「ほんとですか?」
お店のご主人には近々六人目のお子さんが生まれるそうで、ここから山を二つ越えたところにある村から出稼ぎに来ているという。
私がお小遣いを貯めている事情も知っていて、ここがお城への通り道ということもあり、城下に出た帰りには、お店の前を通るといつも声をかけてくれる。
おかげで、すっかり顔見知りになり、冗談を交わし合うほどにまでなってしまった。
──別の日。
今日は、別件で依頼を受けていた着物を城下へと届けに行った帰り。
いつものように声をかけてくれたお店のご主人が、いつものようにしている世間話の中で、お目当ての品についての話をしてくれた。
「それを作った職人さん、もう年だから、やめるんだってよ。これが最後らしいよ。腕がいいのに、後継ぎがいなくてね…」
「……そうなんですか」
この時代にも後継者問題があるんだなぁ、なんて思っていると、ご主人がにっと笑みを浮かべる。
「お嬢ちゃんは、いい人いないのかい?」
「え…」
「──ほう、それか。この前言っていた”欲しいもの”とは…」
「ひゃあっ!」
突如、耳許で響いた低い艶やかな声に ぞわり とした感覚が背筋を這い上がり、思わず変な声が出してしまい、恥ずかしさに両手で口を塞ぐ。
「光秀さんっ…!」
振り返り、見上げた光秀さんは、腕組みをしながら私の頭越しに覗き込んで ふん と鼻を鳴らす。
「また随分と洒落たものに目を付けたんだな……俺はてっきり、お前が欲しいのは、こっちだと思ったが…」
そう言って、傍にあった風車を手に取る。
麻の葉を経木で立体的に模したような、とても繊細な造りのものだったけれど、詰まるところ子どもの玩具だ。
「今度お前が泣きべそをかいたときは、これであやしてやるとしよう……店主、これをもらおう」
そう言うと、ご主人にお代を払い、本当にその風車を買ってしまう光秀さん。
そして ふう と息を吹きかけ、からから回る風車を私の目の前にかざし くすっ と笑って去っていく。
「………」
(……っもう!やっぱり意地悪!嫌いっ!)