第12章 小娘の逆襲
ぱっと花が綻んだような笑みを浮かべ、〇〇がこちらに向かって大きく手を振る。
ただそれだけのことに、どうしようもなく心が踊った。
思わず走り出したくなるのを自制し平静を装えば、いつもの悪い癖が顔を出す。
「可愛い女房が命懸けの戦から戻ってきた旦那を差し置いて、いの一番に他の男と逢瀬とは……泣いてもいいか?」
嬉しさから零れ出る笑みは、意地悪な微笑に見せかけておいた。
「もう…またそういうこと言って……」
呆れたように笑う〇〇の笑顔に、無事に帰ってくる約束を果たせた幸せを噛み締める。
「楽しそうに何を話していたんだ?」
「秘密です。ねー九兵衛さん!」
「はい、〇〇様」
その”秘密”をあえて問い詰めるつもりはなかったが、今までの経験から何かを察したのか、〇〇はあからさまに話題を変えた。
「そうだ!今日の夕餉は私が作ったんですよ。部屋に用意してあるので行きましょ!」
そう言って、〇〇が俺の手を引いて歩き出す。
こういう時だけ恥ずかしげもなく可愛いことをするのは無自覚なのだろう。
(先日は町中で手を繋いだだけで頬を赤く染めていたくせに……)
けれど、すぐに自分のしたことに気付いたらしい。
「っ…!」
その手が離れていく前に、素早く指を絡め取り引き寄せた。
「それは楽しみだ──」
夕陽に照らされ、長く伸びた二人の影が重なる。
驚いて見上げる〇〇に微笑みかけながら、横目に九兵衛が頭をひとつ下げ去っていくのを見た。
「戦場では九兵衛の握り飯だったからな……あれの"愛情"は少々重苦しくて腹がもたれる」
「……そ、そんなこと言ったら、九兵衛さん悲しみますよ?……九兵衛さんだって、光秀さんのこと、心配してるんですから……」
照れ隠しにどれだけ言い繕っても、真っ赤な夕陽が移ったようなその頬は隠しきれていないことに、きっと〇〇も気付いていただろう。