第12章 小娘の逆襲
ほどなくして、信長様より件の大名討伐の命が下った。
領地にほど近いこともあり、自らが指揮を執ることになった。
出立の朝…
城の前に集まった家臣たちが各々の伴侶と束の間の別れを惜しむ中、我が愛しの伴侶もまた──
「光秀さん、これ…一緒に連れていってください」
そう言って、〇〇が懐から差し出したのは、”ぶらんけっと”と同じ生地の手拭いだった。
「光秀さんと、家臣のみんなを守ってくれるように、水色桔梗の刺繍も入れました」
「…そうか。ありがとう」
「それから、せめて一日一回はちゃんと食事を摂ってくださいね。ご飯食べないとだめですよ?」
「わかった」
「あと、寝不足はいけませんよ?少しでもいいから、睡眠はちゃんととってください」
「おやおや、〇〇がここまでの世話焼き女房だったとは思わなかったな」
「っにょ──!?」
不意を突いた間抜けな声に思わず吹き出すと、〇〇は目を泳がせながら慌てて取り繕った。
「だ…だって光秀さん……放っておくと、食べることも寝ることも忘れちゃうから……また倒れちゃったりしてないか、離れている間はいつも心配なんです」
「〇〇……」
そう言ってくれることを嬉しく思うのと、そう言わせてしまうことの後ろめたさに、苦い笑みが零れる。
「いつも気苦労をかけてすまない」
「……い、いえ……心配するのも、にょ…女房、の?……務め、ですから……」
それでもひたすらに健気な〇〇に、心の中で懺悔をしながら手を伸ばす。
髪を撫で、頬を撫で、暫くは触れることのできない温もりを覚えておけるように…
触れる指先から胸に温かなものが満ちていき、まるで夢の中にいるような心地よさに包まれていく。
──しかし、それは勇ましい出立の合図で、すぐに現(うつつ)に引き戻された。
最後に、〇〇の顎を掬って、一瞬のうちに唇を掠め取る。
「行ってくる」
ほんのり頬を染めながら精一杯に微笑む〇〇に、必ず無事に帰ることを約束し、安土を発った。