第12章 小娘の逆襲
──可愛い姿を視界の端に捉えつつ、墨を筆に持ち替えたところで、頃合いを見計らっていたかのように、遠慮がちな声に名を呼ばれた。
「──あの、光秀さん……」
「……ん?」
視線を落としたまま、その声に耳だけを傾ける。
「それって…急ぎのお仕事、ですか?」
「……いや。特別急ぐ仕事ではないが……?」
「だったら、少し休憩しませんか?……光秀さん、朝からずっとそこに座ったままですよ?」
そう言われ、庭に差し込む陽の影を見てみると、おおよそ昼を少し過ぎたあたりだろうとわかった。
(もうそんな頃か……)
ひとたび仕事を始めると、つい時が経つのを忘れてしまうのを、〇〇に気付かされることは少なくない。
「お昼寝しませんか?眠らなくても、少しの間横になるだけでもいいですから……ね?」
「…ああ…」
庭へと視線を向けたまま、つれない返事をして、胸の内では悪戯心が疼き出す。
(〇〇の可愛い誘いならばすぐにでも乗りたいところではあるが……)
気乗りしない素振りで手元に視線を落とし、硯(すずり)の上で筆先を遊ばせる。
(さて、〇〇……この俺の重い腰を上げさせるには、どう駆け引きをする?)
期待を抱きながら待っていると、徐々に焦りを見せ始めた〇〇は、何か言おうと口を開けては閉じ、開けては閉じを何度か繰り返した挙句、意を決したように勢いよく声を上げた。
「…い、いまなら!……膝枕のサービス付きですよ…っ」
勢い余って裏返った声に、引き締めていた口元が思わず綻ぶ。
「それは聞き捨てならないな…」
緩んだ口の端が勝手に引き上がっていくのを感じながら筆を置く。
「お前にしてはなかなか大胆な手段だったな……」
「……?何か言いました?」
「いや。……では、その”さーびす”とやらを有難く受けることにしよう」
言いながら立ち上がると、〇〇は少し緊張した様子で背筋を伸ばして待ち構えた。