第12章 小娘の逆襲
──数日後…
織田傘下のとある大名が不穏な動きをしているという噂を聞きつけ、その真偽を直々に確かめてくるよう、信長様より仰せつかった。
──険しい山道を進んでいき、ようやく峠を越えたところで、馬を休ませるため足を止めた。
そばを流れる川で馬が水を飲む間、川辺の大きな石の上に腰を下ろす。
同時に、膝の上にずしりとした重みが乗る。
(……?……ああ、そういえば──)
普段は持ち歩くことのない巾着袋を携えていたことを思い出す。
鮮やかな青紫色のそれは、数日前反物屋で〇〇に買ってやったものだった。
今朝、朝餉も食べずに出ていこうとしたところに、飯櫃の中に残っていた俺の分を握り飯にして〇〇が持たせてくれた。
巾着の口を開けると、経木に包まれたそれがまだほんのりと温かさを残している。
片手に余るほどの大きな握り飯を見れば、あの小さな手で一生懸命握った姿が容易に思い浮かび、ひと口齧るたび幸福感で腹が満たされていく。
三口(みくち)ほど食んだところで、どこからともなく熱い視線を感じ、気配のする方を横目で見遣ると、物珍しそうにこちらを見ている男がひとり。
寄せ集めの明智の家臣の中でも、これは数少ない同郷の者で、親類にもあたる。
その分、良くも悪くもはっきりと物を云う男だ。
(あからさまな顔をして……)
この男が言わんとしていることはわかっているが、それを聞くのは今さら煩わしく、あえてはぐらかしてやった。
「やらないぞ」
「おや、珍しい。御館様が食い物に執着されるなど」
「別に食い物に執着しているわけではない」
「では何故(なにゆえ)、ただの握り飯をそんな後生大事そうに召し上がっておられるのです?」
(まったく、誰に似たのか……)
意地の悪い物の言い方は、もはや血筋なのかも知れない。
「これは”ただ”の握り飯などではない。可愛い連れ合いが握ってくれた”特別”な握り飯だ」
「……へぇ~〇〇様が。……しかし、握り飯など誰が握ろうと味など同じでございましょう?」
「わかっていないな…」