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さくら

第1章 暗闇



 年齢が16歳を回った頃、珍しく父からの呼び出しがあった。



 父は私を女ではなく男として生きさせた張本人とも言えよう。


 父は母を愛してはいなかった。

 子を成す道具としてしか思っていなかった。

 
 だから私の下には兄弟はいない。

 理由は明白、女児を産んでしまった女など不要という考えが父にはあったからだ。

 母が”いない”のではなく、”死んでいる”と知ったのは物心つく前だった。


 母の死因は何だろうと考えた幼き日、すべては自分が女児として生まれてきたことがいけなかったのだと悟り、心臓が苦しくなって呼吸が出来なかった。
 
 そんな私をみて父は助けてくれなかった、父の思想に浸ってしまっていた兄たちも見ぬふりをしていた。

 いや、見てすらいなかったのかもしれない。


 兄たちも母を知らず、愛してはいなかった。


 生み落としてくれた自分の命。
 家族誰もが愛してくれずとも自分だけは愛してあげたいと思った。
 
 母の憎しみの声が夜な夜な聞こえる。
 
 『なぜ私が殺されなければならなかったの!?なぜあなたではないの!?あなたさえ生まれてこなければ!!』
 
 毎晩、毎晩、耳を強く抑えて、布団を深く被っても頭に直接聞こえてくる。

 そして父や兄たちからの冷やかし・中傷の声が聞こえた。




 物心がついた頃、自身の性を偽った。
 


 父とは極力話はしていない。事務的な会話と言っても端的に済ませる。なんなら言葉さえも交わさず文で終える事だってある。
 
 父もそのような形をとっていた。
 

 しかし今日は違かった。


 自室の襖がいきなり開かれたと思ったら、恐怖の対象である父の顔があった。

 父は端的に、「来い」とだけ言って部屋を去った。

 開かれた襖は開けっ放しでそこからは季節を感じさせる冷たい風が吹いてきた。



 庭を一望できる廊下を歩き、屋敷の奥に構える父の自室へと向かう。

 庭には冬桜が月夜に魅せられていて、風が吹くと楽しそうに揺れていた。

 まるで好いている男性を前にした女性の様な感じがした。

 
 所詮自分にとっては書物でしか味わった事のない気持ちだった。


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