第12章 癒えない傷
炭治郎が瞬きをする
目を閉じた時には部屋を出る寸前だった紫娜は
目を開いた時には
長い銀髪を下ろし
いつもつけていた簪を外したのか
その鋭い先が炭治郎の首に突きつけていた
一瞬の出来事で
目で追うことすらできず
音も聞こえなかった
「炭治郎さんは本当に優しいです」
目の前にいる彼女は
感情すらも語らない
濁った瞳をしながらも
表情は笑顔を見せた
「生きてて欲しいと願っても
現実がわからなくても
今 隣にいないのが事実
妙な期待をするのがどんなに残酷なのか
優しいあなたにわかりますか
その優しさは私にとって鬼よりも恐ろしい
ますます嫌いになる」
凍った部屋が綻び始めたのは
紫娜が部屋から出た後だった
心の内を見せてくれたのが
今回で3度目
初めて会った時
屋根の上で話した時
そして今回
「紫娜!」
「どんなに紫娜が俺のことを嫌いでもいい!!
俺のせいで紫娜が傷つくのなら
次からは気をつける
だけど信じるんだ!
信じていれば必ず帰ってくるから!!」
追いかけた先でも
紫娜が振り返ることは無かった
それでも匂いでわかったはずだ
背中で
心で
ちゃんと聞いていること
そして少しだけ塩混じりの涙の匂いがすること
銀髪を結う椿の簪がカランと揺れた