第15章 愛とは その二
『…ワシがいつまでも忘れていると思うな』
その言葉に頭が一瞬で真っ白になり、すぐに言葉が出て来ず、ただ、じっとその瞳を見つめ返す事しか出来なかった。
時間にしたらほんの数秒の出来事な筈なのに、この数秒がとても長く感じられた。
無意識に後ろへと後ずされば手首を掴む手に力が込められる。
視線を逸らそうにも逸らせず、まるで蛇に睨まれた蛙の様な気分だった。
「な…っ、え…?ここ…」
「あの場所では肌寒いのだろう。ここでなら話すのには問題ないからな」
どうにか視線を逸らした瞬間、一瞬で変わった景色に頭が混乱する。
見慣れた鎧が掛けられており、すぐにここが扉間の部屋だと気付く。
そのまま手首を引かれ、向かい合わせになる様な形で半ば強制的にその場に座らされる。
相変わらず手首は掴まれたままで、まるで自分が逃げない様に捕まえているかの様だった。
「何故、あの時ワシにお前を忘れる様に術を掛けた?」
真っ直ぐこちらを見つめながら、確信を突く言葉を掛けられる。
その視線から逃げる様に瞳を閉じ、ゆっくりと息を吸い心を落ち着かせる。
どうして術が解けたのかは分からないが、もう嘘や隠し事をしたとしても無意味な様だ。
そのまま溜息交じりに息を吐き、再び扉間と視線を合わせる。
「…全て忘れていた方が何も気にせずに戦えただろ?それが理由だ」
「………」
さも当然の様にそう言い放つ名無しのその言葉に今更そうは驚かなかった。
名無しに関する記憶が無かった時の事を思い出せば、名無しの言う通り、何を思う訳でもなく、ただ「敵を倒す」事のみを考えて戦っていた。
自分の敵か味方か。
ただ、その区別しかなかった。