第2章 交換条件【*】
「お前は、自分の為に生き様と思った事はないのか?…普通の女として生きたいとは思わないのか?」
「…私はこの手で多くの人を殺した。今更、自分だけ普通の女になんか戻れないし戻ろうとも思わない。それに私は、…あの時に女を捨てた」
「………」
最後の言葉はまるで独り言の様に感じた。
女が言う「あの時」がいつの事を言っているのかは分からないが、この女は己の死を受け入れた。
仲間を逃がし、ただ一人千手に囲まれながら何を思ったのか。
あの時、自分は性別関係なしにその心意気に答え殺すつもりだった。
しかし、それは兄者によって阻止され終わった。
死の覚悟を決めていた当人は拍子抜けもいいところだっただろう。
戦場に出る事も出来ないし、普通の女として生きて行く事も出来ない。
そう思うと胸の奥が少しざわついた。
己の覚悟を奪われる事の苦痛。
そして、死ぬ事を許されぬ苦痛。
その全てを自分達が与えたと思うとやるせない気持ちになる。
「…まだ、殺して欲しいと思うのか?」
自分のやるせない気持ちを隠すかの様に女にそう問えば、何とも言えない表情へと変わり、すぐに返事は返って来なかった。
その代わりに、身体を起き上がらせた女と視線が合う。
女と二人でこんなにも話をしたのは初めてだし、ましてや、こうやってゆっくりと顔を見るのは初めてだった。
武骨な者が多い戦場でこんなにも細く儚さを持つ女がよく今まで生きて来れたものだと改めて驚く。
後ろで軽く低い位置で一つに束ねられている髪も、白い肌も、漆黒の瞳も全てが「女」そのもの。
「分からない…。でも、今の私には何も残っていない。そう思ったら、そっちの方が楽なのかもしれないな…。…?、わっ…!」
そう言い、自嘲気味に笑う女の顔は酷く切なく感じた。
話し終えた女の腕を引っ張り、腕の中に手繰り寄せる。
自分でも何でこんな事をしたのか良く分からない。
ただ無性に触れたくなった。