第8章 見えない心【*】
いつの間にかあのまま眠ってしまっていたらしい。
まだ陽が昇るには時間があるのか、部屋は相変わらず薄暗いまま。
そんな中でふと、自分に布団が掛けられている事に気付く。
名無しの方へと視線を向ければ、布団の端に寄り背を向けたまま眠っていた。
あんな事をされたのだから引っ叩いてでも起こして追い出してしまえば良いものの、それもせず、ただ起こさぬ様に布団を掛けた名無しの気持ちが分からない。
それでも一寝入りして気持ちが落ち着いたからなのか、さっきよりも冷静に考えられる様になり小さく溜息が漏れた。
泣かせてまで抱いてしまった事に対して今更ながら後悔が押し寄せる。
首筋にいくつか残る赤い痕を見る度に名無しの悲しそうな瞳と口付けされた時の艶っぽい瞳を思い出す。
名無しは今まで関係を持ったどんな女よりも良い意味でも悪い意味でもずっと頭に残って離れない。
言い方は悪いが、女はもっと単純な生き物かと思っていた。
優しく接すれば嬉しそうに笑うし、抱けば目の前の快楽に身を委ねる。
その繰り返し。
だけど、名無しは普通の女とは違う。
何をしようとも笑う事は無いし、抱いても本心の見えない瞳でただこちらを見つめるだけ。
それは普段の何気ない時もそう。
自分も人の事は言えないが、名無しも滅多に感情を表には出さないから何を考えているのか分からない。
だから、その本心を窺い知る事は容易な事ではなかった。
(…お互い、随分と難儀な性分なものだな)
本当にそう思った。
一度、本心を隠す事を覚えてしまえばそれを曝け出す事は難しい。
ましてや、自分達の間では本心を曝け出す事など有り得ない。
結局は冷静になって考えてみても分からない事は分からない。
それが答えだった。
その後も今の気持ちをどうにかする事も出来ず、そのまま朝まで眠る事は無かった。