第5章 真贋【*】
それよりも、一番問題なのは、昨夜の事をお互いが覚えているという事。
自分もまさか名無しが覚えているとは思わないし、あんな風に笑ったり口付けしたりするとは思ってもいなかったか為、色々な意味でも驚いている。
名無しにしてみれば、それを自分に見られた事が心底嫌なのだろう。
布団で顔を覆い隠してはいるが、今更何をしてももう遅い。
普段では絶対に見る事が出来ないそんな名無しの姿を見ていると、興味本位かちょっとした加虐心が生まれた。
「…薬を盛られたにしても、随分と積極的だったな」
「なっ…!、…っ」
布団を剥ぎ取り耳元でそう言えば、思った通りの反応を返す名無しに少しだけ笑いが漏れる。
いつもの冷静さはどこへやら。
薄っすらと赤く染まった顔で睨まれるが、いつもの様な冷たさはなく恥ずかしさを隠す為に強がっている様にも見えた。
自分でもおかしいとは思うが、そんな名無しがやけに可愛く見えてしまい、そのまま軽く口付ける。
案の定、その後には真っ赤な顔で睨まれ、また枕で殴られた。
それから部屋を追い出され、そのまま自室へと戻る。
しかし、その後すぐに怒鳴り声と共に部屋を思いっきり開ける真っ赤な顔をした名無しの姿に何事かと思ったが、いつもとは違う服装を見てその様子にすぐに納得する。
身に纏っている服は首までが隠れるもので、何かを隠すにはもってこいな服装だった。
「扉間…っ!!お前、勝手に痕なんか付けて…!」
こればかりは、さすがに自分が悪い。
素直に謝罪の言葉を掛けたが、時すでに遅しか、その数十秒後には背後からいつも以上に顔を緩ませた兄者の姿を見つけ事の重大さを瞬時に理解する。
他の奴ならまだしも、よりによって一番面倒で厄介な人物に見られた事に頭を抱えたくなる。
名無しもまさか付いて来られるとは思っていなかったのか、驚いた顔をしていた。