第5章 真贋【*】
「…、らま…!起きろ扉間!」
「うっ…!」
肋骨ら辺に鈍痛を感じ、まだ重い瞳を開ければ不機嫌そうな顔で首を捻りこちらを見つめている瞳と至近距離で視線が重なる。
頭が段々と覚醒し、ようやく今の状況を理解する事が出来た。
背後から名無しの身体に腕を回し、抱き締めている自分の姿に気付く。
そして、肘で腹を思いっきり殴られた事にも。
未だぼんやりとする頭で今から起こるであろう事を考えると頭が痛くなる。
目が覚めて知らぬ間に男に裸で抱き締められ寝ていれば、流石の名無しも驚くだろう。
言い訳ではないが、どう納得させようかと頭を捻ってはみるが良い案は簡単には浮かんで来ない。
「…何を考えているのかは知らんが、とりあえず離せ」
言われた通りに腹部に回っていた腕を離せば、そのまま上半身だけを起こし背を向けたまま動かない。
特に責め立てる様な素振りも見せず、ずっと背を向け無言のまま。
寝起きから怒鳴り声を聞かなくて済んで良かったと言えばそうだが、思っていた反応は返って来ず、逆に気になって仕方がない。
かと言って下手に話し掛けて機嫌が悪くなるのも面倒だ。
「…昨日の事、覚えてる?」
そんな事を考えていたら、少し控えめにそう聞いてくる名無しの問いに自分は酒しか飲んでいないから覚えていると返せばまた沈黙がその場を包む。
そんな様子に疑問を抱きながらも、いつまでも寝ている訳にも行かず、自らも身体を起こせば思ってもいなかった光景が目に入る。
少し赤い顔で、焦っている様な戸惑っている様なそんな表情をした名無しの顔があった。
起き上がった自分に顔を見られた事に気付いたのか、驚いた顔をした後に枕で思いっきり顔を殴られた。
「ぐ…っ、…」
殴った後に少し声が漏れた所を聞く限り、反射的にやったのだろう。
普段なら問題はないが、気を抜いている時にやられると意外と痛い。
起きてから今までの行動やさっきの表情を見る限り、考えられる事は一つ。
名無し自身、昨夜の出来事を覚えているのだろう。
そう考えればさっきまでの行動やあの表情にも納得出来る。
「…最悪…。もう…、信じられない…。あの男、絶対に殺してやる」
自分の予想通り、やはり昨夜の事ははっきりと覚えている様だった。
「あの男」と特定する辺り、多少身に覚えのある事でもあったのだろう。