第5章 真贋【*】
小さく溜息を吐き、腕を掴み身体を起こそうと試みるが、抵抗されそれは失敗に終わった。
こういう時は、大人しくさっさと寝かせてしまう方が厄介事も少なく一番良い方法だ。
仕方なく名無しの肩に手を置き、飛雷神の術で部屋まで運ぶ。
適当に椅子に座らせ、その間に素早く寝具の準備をする。
何で自分がこんな事をしなければいけないのかとは思ったが、今回ばかりは仕方が無い。
全て準備し終わった後に「着替えて寝ろ」と一言言い残し部屋を後にする。
***
自室へと戻りようやく一人になれた。
婚儀はめでたい事だが、やはりああいった席は息が詰まる。
千手一族の長の弟である自分に娘を嫁がせようと躍起になっている者も居れば、媚を売る女も居た。
こういう時、自分は戦っている方が性に合っているなと不謹慎な事を考えてしまうが、それはある意味仕方のない事なのかもしれない。
酒の入ったぼんやりする頭でそんな事を考えていたら、ふと、さっき髪を触られた事や儀式の間での名無しの姿を思い出す。
『扉間様、少しお時間よろしいでしょうか?』
普段では決して見聞きする事のない様な柔らかい口調と表情であんな事を言うものだから、一瞬頭が付いて行かなかった。
髪を一つに纏め、紅を引いた唇がやけに色っぽく感じつい周りの女と見比べてしまった。
例え、その表情が作りものだと分かっていながらも、一瞬でも心惹かれた自分が恨めしい。
頭に残る映像を何とか消そうと用意しておいた水を飲み干せば、乾いた喉が潤い少しだけ頭がすっきりした。
そのまま布団を被り、まだ酒の残る身体を無理矢理寝かしつける。
眠気は思っていた以上に早く訪れ、この日はそのまま眠りに就いた。
翌朝、薬も酒もすっかり抜けたのか、気持ち良さそうに歩いている「いつも通り」の名無しの姿を見つけ、何故だか少しだけ溜息が漏れた。