第2章 交換条件【*】
「少し待っていろ」
呼吸も落ち着いたのか、一言そう言い残し部屋の奥に向かった男の後ろ姿をぼんやりと見つめる。
薄暗い部屋の中では部屋の奥までははっきりとは見えなかったから、男が何をしているのかは分からない。
それから少しして戻って来た男は、恐らく寝巻であろう随分と楽そうな服を着ていた。
「…別に自分でやれる」
横になっているすぐ隣に胡座をかいて座り、持っていた手拭で腹部を拭かれる。
そう声を掛けても、ただ黙って手を動かされる。
その態度に小さく溜息を吐き、縁側の方へと視線を向け障子越しからでも分かる月明かりをぼんやりと見つめる。
特に何かを話す訳でもなく、ただ静かな時間だけが流れて行った。
「これでも着ていろ。お前のはさっき修業していた時に汚しただろう。簡単にだが洗って乾かしてある」
「…もっと小さいやつはないのか?」
「ワシの部屋にあると思うか?」
渡された服は男が来ている様なもので、自分が着るには随分とサイズが大きい。
それでも、いつまでもこの格好で居る訳にもいかず、仕方なく渡されたものに袖を通す。
案の定、自分には大き過ぎて紐できつく縛らないと衣服の意味が無い程だ。
「…その格好で戻るのか?」
「悪いか?」
「別に悪くはないが…、この時間に兄者の部屋の前を通る時は気を付けろ。一応あれでも千手の長だからな…。感知能力はワシの方が上だが、その格好で万が一見つかってもワシはどうなっても知らんからな」
口調からして別に脅している訳ではないのに、その言葉には妙な説得力があった。
柱間というあの男なら何が起こるか分からない。
そう思う程、柱間の行動は予測出来ない様な時がある。
それは戦闘の時以外でもこう言った日常生活の中でも起こり得る。
自分の部屋へ戻ろうと障子に手を掛けていたが、仕方なくその手を離し部屋へと戻る。