第16章 愛とは その三
「うちはに戻った前夜にお前の事を抱いただろう。あの時、どうしてあんな風に抱いたか分かるか?」
急に話が変わり、訳が分からないといった表情の名無しに構う事無く話しを進める。
あの時、自分は名無しを傷付け泣かせてまで抱いた。
自分でもどうしてあんな風に抱いたのかなんて分からなかった。
それから記憶を消され、思い出すまでの間はいつも名無しに似た面影を持つ女とばかり過ごしていた。
思い出してしまえば、自分でも無意識の内に名無しを求めていたのだという事に気付き、そしてそれと同時にどうしてあんな風に抱いたのかも理解した。
「いつまで経っても笑わないし、あの娘の元に行けばいいと言ったり。それに…、お前の心の中にずっとイズナが居るのかと思ったら腹が立った。だから、あんな風にしか抱けなかった。その後、記憶が戻り全てを思い出したら自然と自分の中にあったお前への気持ちに気付いた」
そう、理由は至って単純な事だった。
あの時、自分はイズナに嫉妬していたのだ。
だから、いつまで経っても自分を見ず、自身にイズナを重ねる名無しにも腹が立った。
傷付ける様な事を言いいその時だけでも自分で名無しの心を満たしたかった。
今思えば、随分と子供染みていて情けない事をしたものだと思う。
その後、名無しを斬った事も全て思い出して、背筋が凍る様な思いだった。
生きている事は分かってはいたが、それでもいても経っても居られなくなり、裏庭に居た名無しを捕まえた。
「そろそろ、ワシの気持ちに答えたらどうだ?本気で言っている事ぐらい分かるだろ。嫌なら言葉でも態度でもどちらでも良いから示せ」
自分の事は全て話した。
これで名無しが自分を拒もうとも、簡単に諦めるつもりなどない。
下を向いている名無しの顔を上げ視線を合わせる。
その行動にも抵抗はせず、今度はちゃんと真っ直ぐ視線を合わせた。
少しの沈黙の後、自分の中で答えを出したのか、瞳を閉じ深く呼吸をした後にゆっくりと話し始めた。