第10章 住職はやうつつになって
公任はもう一度自分を“推す”。銀邇の冷ややかな目を傍目に。
しかし、瑞雲の答えは変わらない。
公任は瑞雲に一歩近付き、更に自分を売り込んでいく。瑞雲の回答に依然として変化は見られない。
しかし、瑞雲は陽露華を手離した。
瑞雲の足元に崩れる様に倒れた陽露華は、小刻みに震えながらも、ズル……ズル……と、瑞雲の足元から離れる。
瑞雲はいつしか、公任の青白く輝く瞳から目が離せなくなっていた。
これを好機と捉えた銀邇は、陽露華の着物を拾い上げ、陽露華に着せる。抱き寄せた彼女の体は熱を持ち、喘ぐ様な息遣いだ。
少年たちは銀邇に便乗し、動ける者達によって、全員の小屋からの脱出を開始した。
銀邇は陽露華を横抱きにして、小屋の出入り口で振り返る。
公任と瑞雲は未だ見つめ合い、どちらも動く気配がない。
少年らは全員山道を逃げる様に走って、草庵の方向に向かっていた。
銀邇も陽露華を抱えて草庵に急ぐ。
公任は全員が小屋から居なくなったのを確認して、瞳の色をいつもの茶色に戻した。すると、瑞雲が口を開く。
「噂に聞いた事がある……その青い光……」
「しー……」
公任は人差し指を自分の口につけ、もう片手の人差し指を瑞雲の口につけた。世界共通の「静かに」を表す、“非言語の伝達手段
(Non-verbal Communication)”である。
「誰かに聞かれたら大変。あの2人と旅が出来なくなっちゃう」
公任は微笑んだ。その笑みは、どこか寂しくも悲しくも見えるのに、何かを期待している様にも見える。
瑞雲がその真意に気づく前に、公任は右手の人差し指と中指の先を、瑞雲の眉間に押し当てた。
「良い夢を」
瑞雲は糸が切れた様に倒れ伏した。
公任は自身の形の良い唇を舐めた。