第4章 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける
「それにしても……」
陽露華の母がにこりと笑ったら、公任と銀邇に虫唾が走った。
「2人とも男前だから気に入ったわ。私の家に招待してあげる」
公任と銀邇は断りたかった。しかし陽露華を見ると、目を逸らされたので、受けるしか選択肢は残されていなかった。
陽露華の母はあたかも思い出したかの様に付け加える。
「そうだ、忘れるところだった。そこの薄汚い溝鼠は土にでも——」
「じゃ俺たちはこれで失礼しますね」
公任は言葉を遮ると陽露華を軽々と抱き上げて、銀邇と共に陽露華の母に背を向けて歩き出した。
「ちょっと! 照れなくてもいいのよ?」
かなりの早歩きで進む2人を、母は走って追いかけて来る。
距離は離れすぎず近過ぎず、なんとも微妙な距離を取っている。
公任は思わず愚痴が漏れた。
「あの『妖怪』、見かけに寄らず体力あるな」
「お爺様……母の父方の血筋は武士の一族で、武道に精通しており、幼少の頃から嗜んでおります」
「それ早く言って!」
陽露華の解説に公任が焦りを見せた。
「いつまでついて来るつもりだ」
銀邇が後ろを振り返りながら言うと、陽露華は答えた。
「おそらく家に着くまででしょう」
公任は真顔で返す。
「そういう冗談はやめて。洒落にならない」
「本当です」
陽露華の声色と、追ってくる『妖怪』の様子から、真実だと受け止めざるを得なかった。
「1度止まって母に案内を頼むのが得策、と言いたいのですが、それをやると私が殺されかねないので、このまま行きます」
「陽露華ちゃんが殺される理由と過程はさておき、そうすると俺たちは家に早く行きたいが為に早歩きを始めた事になるけど?」
「この場合、そういう事にした方が良いです。この後の事を考慮して」
「了解。案内よろしく」
「はい」
田圃の畦道を逸れて、山道に入った。
遠くで母が何か言っているが、聞こえない振りをする。
陽露華の案内で山道を暫く進むと、突然、目の前に鉄格子の門が現れた。
門の奥には開放感のある庭が鎮座している。
そこは、異国に迷い込んだと錯覚してしまうような場所だった。