第2章 失いたくないあなただから
伊黒屋敷に着くと、そっと私の部屋に降ろされる。師範はそのまま押し入れから布団を取り出して敷くと、また私を抱えてそこに移動させた。
「すみません師範、布団を敷かせてしまって…」
「気にする事はない。お前はここで休んでいろ」
お疲れの師範に家事を任せるなど
申し訳なさすぎて切腹したいぐらいだ。
「暗い顔をするな。
俺はお前の笑った顔が好きだがね?」
師範はそう言うと、私の前髪をサラッと掬って、額に口付けを落とした。布越しの口付け。
なのに、とても優しくて、温かかった。
「しは……!」
「分かったら大人しくしていろ。いいな?」
師範はふわりと目元を緩ませると、部屋から出ていった。パタン、と閉じられた襖を見届けてから、はぁぁぁぁーーーと項垂れる。
師範からの初めての口付けは額に奪われてしまった。ああ、今はもうキス、と言うのだっけ。
しばらく呆けてから、
あ。そう言えば師範は家事が得意ではなかったような……と思いを馳せる。