第8章 姉の結婚【煉獄杏寿郎】
紗英が嫁ぐ前夜、久しぶりに俺と千寿郎、紗英の3人で夕食を共にした。
俺と久しぶりに会えたと嬉しそうに顔を綻ばせ喜んで話す紗英。…逃げていないでもっと側に居てやれば良かったのに…と思った、
夕食を終え、夜も更けてきた頃…俺の部屋の障子が開かれる。
『杏寿郎さん、いいかしら?』
盆に猪口と酒を乗せ、夜着のまま部屋へとやってきた紗英。
「はい!どうされましたか?」
『最後の夜だから…杏寿郎さんと呑みたくなって。』
部屋へ入るなり、猪口に酒を注ぎ俺へ手渡してくる。
「良いんですか?明日はお式ですよ?」
『少しくらいなら大丈夫です。それに…杏寿郎さん、任務で明日のお式に出られないでしょう?』
今日になって俺の心情を察するかのように任務の通達があったのだ。
「すみません。列席出来なくて…。」
『謝る事ありませんよ。それが杏寿郎さんの最優先事項です。あなたの助けを待つ人々がいるんですから。』
優しく微笑んで猪口に口を付ける。
『…憶えてますか?子どもの頃、川に母上の形見の簪を落としてしまった日の事。』
「ああ。…懐かしいですね。」
『父上に大事な日以外に着けてはならないときつく言われていたのに、どうしても着けたくて…持ち出した挙句、川に落としてしまって。…あの日初めて父上に滅茶苦茶叱られました。』
懐かしむように目を細め、上を仰いだ。
『…寒い冬の日だったのに…杏寿郎さんが川に入って、ずっと探して下さって。…びしょ濡れになって帰ってこられた時は驚きました。その手にしっかりと簪を握り締めておられたのを見て、更に驚いて…父上に叱られた時より泣いてしまって…。』
「…ははっ、そうでしたね。後にも先にも姉上の泣き顔を見たのはあの時だけでした。」
『…あの時、必死に探して下さった簪。…明日はそれを着けて、この家を出ようと思います。…あなたの、思い出と一緒に。』
切なそうに微笑む紗英…。
『…ありがとう、杏寿郎さん。いつも心強かった。貴方みたいに優し人が弟で…幸せでした。』