第8章 姉の結婚【煉獄杏寿郎】
嫁入り道具が揃い出し、目に見えて紗英の婚礼の日が近付いてくるのがわかる。
任務だから、と家に帰る足が徐々に遠のいてしまう。
それでも時折帰ってみれば、いつも握り飯が用意してあった。いつ帰っても良いようにと紗英が拵えてくれているんだ。
焦げ付くような胸の痛みと罪悪感に身体が支配されても…いつものように朝、紗英な顔を見ながら朝食をとることが躊躇われた。
この家で過ごせる日々は、もう数える程しかないというのに…。
「兄上…」
「千寿郎!すまない、起こしてしまったか?」
真夜中に家に帰り、紗英の拵えてくれていた握り飯を食べていると千寿郎が居間に顔を出した。
「いえ。あの、最近あまりお戻りじゃないので…俺も姉上も心配してました。」
「…そうだな。すまない。」
「明後日にはお式です。…お忙しいのは承知してますが…、姉上に会ってあげて下さい。…多分、とてもお寂しいと思いますから。」
弟に諭されるとは不甲斐ない。
「わかっている。…すまないな、千寿郎。」
「いえ!おやすみなさい!」
もう、明後日には…この握り飯も用意されてはいないのだ。
「情けない…」
伊黒に、諦めの悪い男だろうと言われても…実際どうすれば良いのか…答えが出ないままだった。
いっそ、声に出してしまえば…この手に引き寄せてしまえば…。
紗英の部屋の前まで来て…すっと、音を立てぬよう障子をひく。
……ーー、よく眠っている。
部屋の至る所に置かれた婚礼の品々。誰もが、紗英の行く末を祝福している。
俺だけが…どうにもならぬ思いを抱え、唯一祝福できていない。
「すまない。…紗英…。」
どうか、目を覚まさないでくれ。
柔らかな頬に手を添え、唇を寄せた。触れるか触れないかくらいの初めての口付け。
諦めるつもりで触れたのに、尚のこと熱を上げてゆく身体と思い。
直ぐに部屋を出て、夜風に当てられても…
その熱は冷めることを知らないように、身体の奥底で俺を焦がし続ける。