第8章 姉の結婚【煉獄杏寿郎】
「姉上が、結婚なさるそうだな。」
いつの間にか後ろに居た伊黒に声をかけられる。
「ああ。甘露寺から聞いたか?先日結納を済ませたところだ。」
伊黒は子ども頃少しだけ我が家で生活していた事もあり、紗英と面識もある。紗英が伊黒を可愛がっていた事もあってか、未だ紗英を「姉上」と呼び慕っている。
甘露寺も継子であった頃に我が家に出入りしており、紗英とは今でも仲の良い姉妹のようだ。
「ああ。…美しいだろうな。姉上の花嫁姿は。」
伊黒は俺の隣へ座り、話始める。こうして腰を下ろしてゆっくり話すのは久しぶりだな。
「勿論だとも!俺の姉上だ!花嫁とは姉上の為にある言葉だな!」
ははは!!!と大きく笑う俺を伊黒は横目で見ているだけだ。
「…相変わらずだな。いいのか?…お前は。」
「良いも悪いものあるものか!弟として姉上の結婚は嬉しいぞ!」
「…そういう意味で聞いたのではない。…男として、お前は良いのか?と聞いている。手間取らせるな。汲みとれ。」
男として…、なんて。
勿論納得など一生涯出来るはずもない。
だが、どうしろと言うのだ。…この感情は…生涯秘匿すべきものなのだ。
伊黒の問いかけに…答えられず言葉に詰まる。
「…口に出せぬ思いを、何年も抱き続けるのは苦しいものだろうな。…他人同士ならまだしも、姉だからな。…姉上と血縁でなく、混ざり合える肉を持ちながらも手を出すことは許されない…か。…馬鹿な事を聞いた。忘れてくれ。」
「……気付いて、いたか。」
「幼き頃から知っていた。…姉上を見るお前の目が「姉」を見るそれじゃないことくらい。」
「そうか…。」
伊黒が気付いているならば…父上も察していたのかも知れない。その上で…紗英を俺から遠ざけるよう、縁談を持ち込まれたのだろうか。
…今更考えても、仕方のない事だが。
「…甘露寺が、結婚祝いを何にするか悩んでいた。買い物に付き合って欲しいと言うから今から行ってくる。」
「…姉上なら、何でも喜んで下さるだろう。」
力なく笑う俺に鏑丸が擦り寄ってくる。
「俺の知る煉獄杏寿郎という男は、ほとほと諦めの悪い男だったと思うがな。」
一言、呟くように言い残しその場を去っていった。