第8章 姉の結婚【煉獄杏寿郎】
『私は…一度だって苦労したと思った事はありませんよ。今だって…幸せです。』
わかってる。姉上はそういう人だ。
だからこそ…惹かれて止まないんだ。
「わかってます。…それでも、姉上に幸せになって欲しい。誰よりも。」
誰よりも、俺が…幸せにしたかった。
『…わかりました。』
俺が行くなと言って、止める事など出来ない話なんだ。
家長が決めた縁談を止める権利などない。それは俺も姉上もよく理解している。
『この縁談、お受けします。』
後押しするように笑顔を作る。…笑え、もっと上手に。芝居しろ。
「弟」として姉の縁談を喜んでやれ。
それ以外…俺に出来る事などないのだから。
せめて、杞憂することなく…安心して嫁いで行けるように。
焼けつくように胸が痛い。嫌だと叫び出したくなる喉が痛い。
全部、全部飲み込んで…笑い続けろ。
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その日から結納まであっという間だった。
母上の形見の振袖を身に纏った紗英は、美しい以外形容しがいがなく千寿郎が褒めちぎっていた。
少し頬を赤らめながら「どう?」なんて回って見せる、あどけなさが愛おしい。
父上もその日は朝から酒を口にする事なく、無精髭も整えて紋付袴という正装をされ、千寿郎はおおよそ初めて見る父上の正装に目を見張っていた。
そして、その日初めて見る義兄となる男。
緊張のせいか口数こそ少ないが、とにかく優しそうで…柔らかく笑う男だった。俺より10歳年上だと言うが、少し垂れた目元が笑うと更に垂れ下がり、子どものような顔になる。
煉獄家の遠縁にあたる身分確かな新郎殿だった。
紗英が躓きそうになった時、とっさに手を出しその身を支えてやっていた。…その顔は紗英を心底慈しむもので。見上げる紗英も…心を許しているように微笑んでいた。
決して…「弟」の俺には見せた事ない顔だと思った。
現実を突きつけられるとは、まさにこれで。
俺が入り込む隙など…わかりきってはいるが、どこにもないんだ。