第8章 姉の結婚【煉獄杏寿郎】
ピクっと肩を震わせ、苦笑いをする紗英。
『すみません、眠そうな顔していましたか?』
「少し、目元が赤かったので…」
『そう、…杏寿郎さんは昔から何でもよく気付きますね』
1番近くで…ずっと見てきた。見守ってきた。…当然だろ?
『父上が…縁談を。…結婚しろと仰っいました。』
結婚…ーー。
苦笑いしたまま、俯き目を伏せる。
俺と千寿郎には見向きもしなくなった父上だが…姉上の事は、それでも少しばかり気にかけている様子はあった。
妙齢の娘を嫁がせてやらねばと…思ったのだろうか。
遅かれ早かれ、こんな日が来るのはわかっていた。ただ、考えないようにしていただけだ。いつまでも、このまま…一緒に居られればなんて…夢物語だ。
「…そうですか。…さぞ、綺麗でしょうね。姉上の白無垢姿は。」
精一杯の笑顔を作り、姉上を見る。
上手く笑えているだろうか。
悔しくて、苦しくて…言葉にならない泥ついた感情が腹の底で渦巻いている。決して気取られてはいけない。俺が「弟」ならば…祝福して、何の心配も要らないと後押ししてやらなければ。
「父上の事もそうですが、俺や千寿郎を残して嫁ぐのが不安ですか?」
目は伏せられたまま、小さく首を縦に振り頷いて見せた。
「…これまで俺たちを、この家を…ずっと支えてきて下さった。本当に感謝してます。多感な時期に同世代の女子と遊ぶ事もせず、ずっと千寿郎を背負い家の事一切を担って。…その事を父上もよくわかってらっしゃるのでしょう。…だからこそ、この家を出て幸せになって頂きたい。」
『…杏寿郎さん。』
「勿論、寂しくはなりますが…子が出来、ここへ訪ねて下さる事もあれば千寿郎も喜ぶでしょうし、父上も孫が出来れば変わられるかもしれないです!…何も、心配しなくて大丈夫です。」
本心だ。幸せになって欲しいと心から思う。
ただ…、姉上が…紗英が俺以外の「誰か」と添い遂げ生きていくのだと思うと、苦しくて堪らない。
今ここで…その腕を引き、この腕に抱くことが出来たなら…それが許されるなら。
本当にどうして、俺たちは『姉弟(きょうだい)』なんだろうか。