第5章 今夜、君と恋に堕ちる。【不死川実弥】
「…なんで言わなかった…?」
時刻は21時を過ぎ、校内には俺と紗英の2人だけ。小テストの採点をしながら、ふと問いかけてみた。
『…ビックリさせたかったから。』
サラッと同じ答えを返しやがる。
「…じゃあなんでわざわざ、この学園に来た?」
僅かに紗英の身体が震えたのが横目に映る。
そのまま俺たちは目を合わせず、小テストに視線を向けたまま話を続けた。
『カナエ先輩や悲鳴嶼先生がいらっしゃったし…』
「俺も居るだろ。」
『…そう、だけど』
「お前、嫌じゃねえの?セフレが担当教諭なんてよ」
『……不死川さんは、嫌だった…?』
「まあ…そうだな。」
『……っ…、そっか。ごめんね。あ…いや、すみません…。勝手に、…採点終わりました。今日は、これで失礼します』
「は?…あ、おい!!送って……、紗英!!!?」
呼び止める声も聞かず、紗英は走って帰っていった。
デスクには採点済みの小テストが綺麗に整えられ置いてある。
「はぁーー……、っ…くそ…ッ」
嫌だったかと聞かれ、そうだと答えたのは…ただ、なんとなく気恥ずかしかったからで。
わざわざ「セフレ」なんて言葉を使ったのは…手を伸ばしてしまいそうになる自分への予防線のつもりだった。
思いっきり、それはもうとんでもなく裏目に出たと確信した。
わかってた。笑顔で断られて…それから、何度も会って身体を重ねて…ケジメとか一応とか…最初の感情なんてものはなくなって、紗英に惹かれてるのは…薄々自覚していた。それを、わざと自覚しないようにしていた。
この関係が…壊れてしまうのが嫌だった。
ただ楽しく、飯食って抱き合って…それで良いと思っていた。
欲深く手にしようとすれば、お前が居なくなるんじゃないかと勝手に思っていた。
情けねえこと、この上ない。
今すぐ追いかけて抱きしめる事も出来るはずだ。
抱きしめて、さっきのはそう言う意味じゃねえって言ってやれば良い。
そして、お前が好きだと…ーー、言ってしまえ。
どれもこれもやろうと思えば出来るのに、結局俺はどれもする事はなかった。