第3章 37歳の初恋【鋼鐵塚蛍】
「…親父から聞いた。昔、嫌な思いしたらしいな。…俺が、思い出させちまったんだろ?」
少し俯き、カァっと赤く染まる顔。
『…すみません…』
「あ、…っ謝る事じゃねえ!嫌な思い出のひとつや二つ、あるもんだろ!…お前は悪くない。絶対、悪くない。謝るな!」
『…ありがとう、鋼鐵塚さん』
涼やかでありながら、花が咲いたように微笑む。今、面の下で赤面しているだろう。
「お…親父、親父はどうした!?」
『義父は商用で出ておりまして、明日の昼には戻るかと』
「はぁああ!!?…あ、すまん。えー…お、おらんのか、そうか」
『義父に御用でしたか?戻るまでお待ちになります?』
「いや…別に親父に用はない。…お前に会いに来た。」
『私…に、ですか?』
大きな薄茶色の瞳が驚きと、困惑の色で揺れる。
開けっぱなしにしていた戸口を閉めると、その振動で小さく風鈴が揺り鳴らされる。窓掛けを引き、店を閉めるとそのまま紗英の手を引き、店奥へと突き進んだ。
『は、鋼鐵塚さんっ!?どうされたの?!ちょっ…っ!!?』
土間を抜け、居間まで来ると紗英を横抱きにし履物を脱がせズカズカと上がり込んだ。人の家だが。
『鋼鐵塚さんっ!!なにっ!?きゃっ!』
「暴れんな。落ちるぞ…」
居間の奥の襖を開けると、赤い鏡台が置いてあった。恐らく紗英が使っている部屋だと思い、畳の上にそっと降ろした。
「…お前の部屋か?」
『え?…ええ。私の…。』
少し乱れた着物の裾を直しながら答える。
「俺が、初めてお前に言った言葉…覚えてるか?」
『……、求めてる…?』
火男の面をゆっくり外し、直接その顔を見つめる。…あの日のように青ざめてはいない。…多分ちょっと怯えてる気はするが。
「…そうだ。…俺は、お前を求めてる。…紗英…」
あの日のように…その頬へ手を伸ばし、そっと撫でた。
「…初めて見たあの日からお前の事が忘れられねえ。…お前の事が気になって刀も打てねえ。…好きだ。紗英」
薄茶色の瞳が僅かに色気を含む。
『…私も…。忘れられませんでした…。』
頬に添えた手を頭に回し、そのままこちらへ引き寄せ
勢いのまま、口付けた。