第3章 37歳の初恋【鋼鐵塚蛍】
意を決して硝子工房の戸を開ける。
「いらっしゃい、おや鋼鐵塚さん久しぶりだねえ」
硝子工房の主人がひょいと顔を見せ、にこやかな顔でこちらへやって来た。年の頃還暦過ぎで硝子職人としてはその界隈でちょっとした有名人だ。
「…お、おう。親父、久しいな。」
なんだ、今日は居ねえのか…。みたらし団子持ってきたってのに。
「この間も来てくれたんだろ?悪かったな、留守にしててよ。紗英から聞いたよ、火男の面を付けた人が来たってね。」
「…紗英…?」
「ああ、前来てくれた時に居たろ?」
「…親父の娘か…?」
一瞬キョトン?としてから、大きな声でガハハハ!!!と笑いのけた。
「鋼鐵塚さんが刀関係以外の他人の事覚えてるなんて珍しい事もあったもんだ!!!はぁーっ、笑った!!」
畜生……っ、どいつもこいつも…!!
「ありゃ、俺の娘だ。だが血は繋がっちゃいねえ。最近養女として迎えたのさ」
何か気分良くしたのか、客の俺が居るのもお構いなしに煙管に煙草葉を詰め火をつけた。
「…養女だあ?」
「そうだ。俺の師匠が和蘭陀人でな。長崎で嫁さんもらって長いこと夫婦で硝子工房やってたんだが、半年程前か2人共船が難破して死んじまったのよ。…で、娘1人じゃどうにも立ち行かねえし、混血児だからと街の奴らも白い目で見てやがった。…こりゃいけねえと思ってうちで引き取って養女にしたのよ。」
親を亡くし、混血児だからと周囲から弾かれ揶揄され…一体、どんな思いで生きてきたのか。
腹の底から沸沸と湧き上がる怒り。そいつらを今すぐ包丁で刻んでやりたい。
「…片親は和蘭陀人だが、生まれも育ちも日本の歴とした日本人だぜ紗英は。…なあ、鋼鐵塚さんよ」
「なんだ?」
「もし、ちょっとでもあの子に興味があるんなら、時々訪ねてやってくれよ。」
「はぁああ!!?なんでっ!!?」
「だから、興味があるんならだって。あの子の凝り固まった心を溶かしてやってくれよ。」
親父はふいに真面目な顔をして言った。
「…あんたならきっと、あの子を笑顔にしてやれる気がする」
その顔は娘を想う、父親の顔だった。