第14章 北風と太陽【不死川実弥】
ぎゅうっと、キツく…その小さな身体を抱き締めれば甘い、花のような香りがする。
『…不死川……?』
これが…最後だ。最初で、最後だから…。
「…すみません。」
抱き締める腕を少し緩め紗英さんが俺を見上げた隙を狙い、その柔らかな唇に口付けた。
『!?…っ、……ん…ぅ…ッ…!』
くぐもった声が漏れ…少しだけ甘さを感じるその声で、僅かに俺の中心へと熱が集まる。
後で頬を叩かれても良い。…この先、二度と笑いかけてもらえなくても良い。
紗英さんが逃げられないように、またキツく抱き締める。
今だけ、この瞬間だけでも…
俺のことだけで、いっぱいになってくれ。
ゆっくりと唇を離し、その顔を見れば…
涙を目に浮かべながら、少しだけ…微笑んでくれている。
本当、敵わねえよ。怒って…殴られる方がマシだってのに。
「…諦めませんよ、俺は。…あの野郎が太陽なら、俺は風だ。…俺はいつだって、紗英さんの追い風になります。…大風にも、そよ風にもなる。」
『…西洋の童話みたいね。』
「…それは読んだことねえけど。…俺は諦めが悪いんでね。あの野郎が紗英さんを泣かすような事があったら、叩き斬って容赦なく紗英さんを奪いますからね。…覚えておいて下さい。」
そう言って笑えば、紗英さんもつられて笑う。
…おかしな感じた。失恋したはずなのに、心が暖かい。
それもこれも…きっと、相手が紗英さんだからだ。
『…不死川。』
「はい。」
『……ご…っ…!?』
ごめんなさい…、そう唇が紡ぐ気がした俺はそっと人差し指を紗英さんの唇へと運び言葉を制した。
「…ありがとう、…そっちのが良いです。だいたい、謝らなきゃなんねえのは俺だ。」
少し困ったように微笑む紗英さんの唇から指を外す。
『…ありがとう。不死川。』
笑っていて欲しい。…いつまでも、この人には。
やっと、笑えるようになったのなら尚更だ。それは俺が望んだ展開の果てに得られたものじゃないとしても。
ありがとう。…そう言った紗英さんは、見たことないほど柔らかく、微笑んだ。